2014年06月07日
熊野街道の旅 その6

しかも、ブログ投稿をサボり一ヶ月以上経ちました( ̄▽ ̄)
さてさて、前回のゴールの湯浅駅からスタートでーす!



ガードをくぐり紀伊国屋文左衛門の碑がある勝楽寺へ
この日のコースは紀伊路の中でも難所と言われる鹿ヶ瀬峠(ししがせ)超えのロングコースなので先を急いで…
鹿はシシ?もののけ姫から気になってました、シシ神さま 鹿じゃん!って。
ありがとうYahoo知恵袋 古来の日本では食用肉がとれる野生動物のことをシシと呼んでいて獣を表し『肉』そのものだったようです。
…っで 先を急いで!
この日最初の久米崎王寺に到着



そして、国道42号線から広川にそって旧道へと

川では稚鮎のお世話中

井関王子は広川インターに飲み込まれたのか跡形もなく津兼王子に吸収合併?
残せば遺産、壊せば歴史も残らないか…




このガードをくぐるのも熊野古道( ̄▽ ̄)
峠までの道に籠屋さんの跡がたくさん


河瀬王子に到着

延命地蔵寺の汗かき地蔵にご挨拶し

峠の入り口の沿道ではシャガの花が先の道へがんばって進めとばかりに応援してくれています^ ^


馬留王子を過ぎると、
いよいよ鹿ヶ瀬峠へ


国道42号線と並行し峠を登ります

途中、痔の地蔵 ぢのじぞうにご挨拶^_^;

人里離れた山の奥、法華の壇の標識が
近ずくと賑やかな人の声……
えっっ!? んなわけないよねー^_^;
けど、賑やかな人の声…
熊野古道まだ序盤なのに神の境地に近ずくことになるとは( ̄▽ ̄)

お供え物がたくさん、なんだか宴会中
なぜか不思議な時間が流れる一瞬…
居るはずのないひとりの私とまさかの宴会( ̄ー ̄)

なんとその日、4月16日は年にいちどの円善供養会の日^_^;
6万部の法華経を読む修業の志半ばで鹿ヶ瀬峠のこの地で行き倒れた比叡山の僧、円善上人。
それから100年後、峠で野宿した旅の僧壱叡は深夜法華経で目が覚めました。翌朝辺りを歩いてみると、大きな木の下で苔むした髑髏が赤い舌だけを動かしお経を発していました。
死んでなお、修業を全うしようとする僧の姿に胸を打たれた壱叡は、心残しつつも熊野三山へ歩みを進めて、帰路に再び立ち寄った時には、法華経修業は終えたのか髑髏の読経は止んでいました。
壱叡は円善上人をしのんでここに供養塔(法華の壇)を建て、冥福を祈ったのでした。

というご説明と供養祭のお供え物と餅投げのお餅をいただき旅を進めるのでした〜^ ^
さぁ!いよいよ熊野古道最長の石畳が現存する鹿ヶ瀬峠へ!




石畳を下り終えたところに、熊野古道散策公園があります。
ここにある桜は天然記念物の『三春滝ザクラ』

福島県から植樹されたそうです。
長い山道でした、ここからのどかで平坦な道が続きます

その昔、金魚で旅人を和ませた宿場跡の金魚茶屋

黒竹を横目に歩みを進めると

日高町最初の沓掛王子に到着

申し訳ありません、和歌山県人ですがはじめて知りました…
ここ和歌山県日高町は黒竹生産量日本一! だそうです。



ほどなく、西の馬留王子に到着

なんとなく、奥田民生があたまの中でヘビーローテーションな感じでながながと道は続き

レンゲ畑を眺めながら


内ノ畑王子へ到着

歩みを進めると線路が^ ^
長い道のりのゴールが見えてきました!

本日最後の高家王子へー!

いやーさすがに疲れました^_^;
このコースは良い気候に行こうと決めていたので充実感たっぷりでした^ ^

ゴールの紀伊内原駅に到着ー!

なかなかの歩行距離とルートです^_^;

さーて!次回は紀伊内原駅から道成寺に寄り道し紀州鉄道の終着駅西御坊駅までの比較的平坦なルールです^ ^
うん、昼メシは川常だな!

Posted by
コギー
at
13:30
│Comments(
0
)